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トナカイは魚がお好き

JUGEMテーマ:日記・一般

師走に入りクリスマスも近づき、トナカイさんの活躍の時が近づいてきましたが、昨日(12月6日)の経済新聞文化面に面白い記事が。

トナカイは魚がお好きという民俗学を研究している方の報告です。

西シベリアのハンティ族は魚を捕りトナカイにあげるという記事です。野生動物をどうやって家畜にしたのか不思議でしたが、雑食のトナカイは魚も食べるようで自然界ではめったにありつけない御馳走をあげることによって家畜化しているようです。また、と殺は10月から3月の野外で冷凍保存できる時期だけで、まさに氷河期の生活。

 

おそらく最初の家畜は野生のヤギや馬だと思うのですが、彼らが欲しくても手に入らないもの(塩)を与えることにより家畜化したのではと想像しました。そう考えると塩(ソルト)が給料(サラリー)の語源だというのも納得がいきます。人が消費する塩なんてたかが知れていて、どうするんだろうと思っていましたが、家畜化には切っても切れないものだったのでは・・・ 家畜が財産の時代ですから。

 

しかし凍結防止剤(塩化カリ)で野生のシカが元気になっているのは困りますが、いっそ家畜化して美味しい旬に食べるというのははどうでしょうか。

author:間伐屋木左衛門(かんばつやもくざえもん), category:-, 08:29
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釈迦ヶ岳

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毎年恒例の近所のフィットネスクラブの登山大会のお手伝い

総勢32名で釈迦ヶ岳へ

一昨日あたりに積もった雪が暖かさで溶けてちょっと歩きにくかったですが、天気は抜群、遠くは烏帽子山や大雲取山もくっきりでした。

前回は曇り空の釈迦像でしたが、やはり青空が似合います。

神々しい

 

author:間伐屋木左衛門(かんばつやもくざえもん), category:-, 11:07
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鮎のあぶり

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和歌山市への旅の途中白馬の里道の駅で買い求めた落ち鮎のあぶりで、うどんの出汁にしてみました。ここのところの雨で出てきた我が家のシイタケと共に

鮎は私の母方の祖母はアイと発音していましたが、もともとはそうだったようで、学校教育やマスコミでアユになったしまったみたいです。

私はこだわってアイと言ってます。味よし姿よしの魚なのと

響きもいいし・・・

 

author:間伐屋木左衛門(かんばつやもくざえもん), category:-, 19:35
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西行法師

和歌山県立博物館へ 「西行法師生誕900年記念 西行 紀州に生まれ紀州をめぐる」 展に行ってきました。

西行の名前は知っていましたが、北面の武士だったというくらいで、何処で生まれどこで亡くなり、どんな歌を歌っているのか文学の素養がない私は、全く知りませんでして、紀の川沿いの田中荘(現在の紀の川市)の佐藤一族の家に生まれたそうです。

 

熊野へは那智の滝や、花山院千日行跡などに来て歌を詠んでいるようで、我が家のお寺である大泰寺にも訪れ歌を詠んでいると住職に聞いています。また大峰大普賢の笙の窟(しょうのいわや)でも行をしたようです。

 

初めての博物館お隣が和歌山城なので寄ってみることに、小学校の修学旅行以来55年ぶり 再建60年だそうで、その当時は出来て5年の時だったんですが、まったく記憶にありません。

入口入ったところの駐車場に見事な大楠、こんなまっすぐで太い楠は珍しい

このお城三角点がありました。虎伏山48.9M三等三角点 立ち入り禁止だったので、望遠で

城から西の丸庭園(紅葉渓庭園 もみじだにていえん)に下りましたが、アジア系の団体さんがたくさん城に登ってきてました。時代が変わったものです。

時代劇の撮影に使われるところですが、残念ながらもみじはもう少し早かったです。

隣の茶室紅松庵(松下幸之助氏寄贈)で庭を眺めながら抹茶をいただきました。素晴らしい建物と日本庭園は落ち着きます。(西洋のガーデンはどうも好きになれない)

 

author:間伐屋木左衛門(かんばつやもくざえもん), category:-, 11:36
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熊野古道小辺路果無越

連休の一日熊野古道小辺路果無越を歩いてきました。

連休と季節が良いせいでしょうか、20人ほどの人と出会いました。この果無山系は名前が好きで、ちょくちょく来ては人に会うことはまずなかった山系でしたが、世界遺産効果ですね。十津川の登山口には観光の方もかなり来ていました。

果無峠

稜線はずっとブナ林が続きますが、昔からクマさんが出没するところです。私は残念ながら出会ったことはないです。

西国三十三観音の地蔵を安置していて、この峠を越えると参ったことになるという便利なもの。

峠の十七番目の地蔵。ちなみに一番は和歌山県八木尾から始まります。

お昼休憩をはさんで約5時間の快適なハイキングでした。

 

好きな「そば」は、何そば?

日本酒をちびりちびりとザルがいいですね。今年9月末に鴨なんばんを食べましたが、鴨も捨てがたい。
 

author:間伐屋木左衛門(かんばつやもくざえもん), category:熊野古道, 11:38
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牛廻山(うしまわしやま1207M)

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昨日山仲間と牛廻山(うしまわしやま)へ(日本山名辞典では同じ山名はない)

牛廻山は奈良・和歌山県境で北に護摩壇山、南に果無山脈、西に日高川、東に十津川が流れている和歌山県最深部の山。

あまり行く機会がなく、最近の会でも行っていない山だったので、行ってみました。途中から林道と合流していて、今は利用していないようですが道がつぶされ、歴史ある街道なので少しもったいないような気がする。

 

今年の2回の紀伊半島への台風直撃で、稜線の倒木が道をふさいでおり、かなり時間がかかりました。

南紀の山は1000M越えるとブナが多くなり落葉広葉樹の森になる

途中一番大きなブナの木

街道にクマのものとみられる糞が落ちていました。結構広い天然林があるので、ツキノワグマ十分に生息可能でしょう。

糞の大きさは人間のもの位、未消化の昆虫の殻が入っていました。

帰りに天誅組の残兵を幽閉したとされる天誅倉(再現物)を見学して帰る。

 

author:間伐屋木左衛門(かんばつやもくざえもん), category:-, 11:44
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ジビエ料理 イノシシのトンカツ(イノカツ)

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いただいたイノシシの脂身の多い肉を、トンカツならぬイノカツに挑戦

小さいので一口イノカツ(トンカツ)ですが、まあやってみることに

あまりにも脂の多い部分は、タコ糸で縛って焼豚(焼猪)にしてみました。

イノカツはイノシシの独特のにおいがしますが、脂身が甘みがありあっさり、豚肉の脂身がまったく苦手なカミさんでも食べられました。焼猪(焼豚)も楽しみです。

 

author:間伐屋木左衛門(かんばつやもくざえもん), category:獣害から始まるお話, 12:03
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釈迦が岳

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山仲間と大峰山脈釈迦が岳(1799.9M)へ

伝説の強力岡田雅行(通称鬼マサ)氏が担ぎ上げた釈迦像。

ずっと視界が効かず霧の中の登山でしたが、下山時に一瞬晴れてきて頂上が見えだす。

大峰山脈の稜線付近は色好き始めてきました。

天気が悪いのにかかわらず、結構人がいたのにはびっくりです。外人さんのグループもいましたが世界遺産ですね。

 

author:間伐屋木左衛門(かんばつやもくざえもん), category:-, 14:15
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石鎚山

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高松でのシンポジュウムを終わると伊予西条へ移動しビジネスホテルで一泊

翌朝登山口に移動、ロープウエイで標高850Mほど登る

少し歩くと役行者が登山に成功して戻った場所と言われる成就社に 音響効果の良い社で、柏手が心地よく響く

そのわきにはご神体の石鎚山を拝むようにガラス張りの神社があるが、残念ながら霧の中で山は見えない。

登山口の山門 ここからが登山道

ブナやミズナラの林をしばらく登ると試しの鎖(74M)の岩場。

脇に道があるのだが、これから先に3か所の鎖場があるので、練習のための鎖場。

ところがおばちゃんでもいるのか、ものすごく混んでいる。しばらく待って登ったところ、遅いのは大の男でした(ついてるもんついてるかい)岩は逆相でホールドが少なく、いやな岩場ですが、しっかり鎖があるので何のことはないのですがね・・・

岩場を越えると少し晴れ間が出て頂上が一瞬見えたが、すぐ霧に

続いて本番一の鎖

二の鎖

頂上直下の三の鎖

足場がないところは鉄の輪に足を入れるのだが、地下足袋なら問題ないが、私のような3Eの幅広登山靴だとワッカにはいらなくて帰路に2度ほど滑った。下りの鎖で危ない所に数個登山靴に対応した大きな変形輪っかがあったが、もう少し増やしてほしいです。

石鎚神社のある弥山(1974M)の頂上に出ると、少し霧が晴れ西日本で最高峰の天狗岳(1982M)が見えた。

弥山頂上50人はいました。

天狗岳頂上

帰りにようやく全容が見えてきたが、すぐに霧の中

朝登山口までの谷の水が異様に青いので、よく見ると谷全体が青石(緑泥片岩 りょくでいへんがん)よくよく考えると、ここは中央構造線という日本最大の断層が走っているところでした。しかし紀伊半島にはこれだけの青石だらけの谷はない。

実は沢屋(沢登り大好き人間)の私ですが、この水の青いのが大の苦手なのです。

瀬戸内海を望む休暇村瀬戸内東予に一泊、温泉で疲れを癒す。

翌日はしまなみ海道を自転車でと車に積んできたのですが、雨の予報なので断念して帰りました。次回挑戦。

 

 

 

author:間伐屋木左衛門(かんばつやもくざえもん), category:-, 10:54
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中野武営シンポジュウムと高松城祉

ひょんなことから、香川県「独立の父」中野武営(なかのたけなか通称ぶえい)さんの没後100年のシンポジュームに参加しました。

早朝出発しナビで着いた駐車場が高松城址(玉藻公園)の駐車場で、少し早く着いたので入ってみることに。

お堀を覗くとなんとフグやチヌ、びっくりして駐車場のおじさんに聞くとこの堀は海水ですとのこと、日本に海水の堀を持つ城は三か所あるそうです。

ボランティアガイドさんの案内で1時間ほど見て回る。江戸期の藩主は松平家、藩祖は水戸黄門のお兄さんだそうです。上の娘がここの大学に通ったので何回か来ましたが、知りませんでした。徳川家の松平ですので幕末は朝敵、明治期にはさぞ大変な思いをしただろうと想像できます。

城を壊し没収され明治23年にようやく城の一部が払い下げになり、大正6年に建て替えた披雲閣

見事な建物とお庭です。ガラスは当時の輸入品で、よく見ると少し波打ち今では製作不可能と言ってました。

建物の中も見事で、個人では立ち入り禁止ですがガイドさんとならOKで見せてもらい、素晴らしい木を使い久々目の保養をさせてもらいました。

 

どこで食べても安い早いファーストフードの元祖讃岐うどんを食べ、県立ミュージアムで開かれるシンポジュームへ

朝敵の徳川一族ですので、明治初期徳島や愛媛に統合され存在しなかった香川県を復興させたのがこの中野武営さん、10月8日が没後100年になります。

 

東京馬車鉄道取締役、現在の四国新聞の前身香川新報社を設立したり、東京株式取引所理事長(現在の東京証券取引所)東京商工会議所の初代は渋沢栄一で二代目が武営さん、とにかくマルチ人間です。興味のある方はインターネットで調べてくださいね。

パネルディスカッションの風景

左から司会の元四国新聞編集長、武営さん研究の第一人者、高松市長さん、直系の方、第14代高松松平家当主、香川県知事、中野武営研究会会長と多彩なお話を聞きました。

 

 

 

 

author:間伐屋木左衛門(かんばつやもくざえもん), category:-, 15:23
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