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国皇大神

JUGEMテーマ:日記・一般

司馬遼太郎さんの街道をゆく(8)の熊野・古座街道に後南朝裔朝里家文書という記述があり、南朝の後亀山天皇の皇子の小倉宮という方が北朝の時代になり里には住めず、吉野熊野の山中を転々と隠れ住み、古座川に落ちて住み農業を営んで朝里家を名のり明治に至ったとあります。

明治になり政府が資料を出すようにとの話があり提出するが認められず、その当時の方が、悔しくて岩室に刻んだとされる石碑

この朝里家が南朝の天皇やその一族の霊を合祀して「国皇大神」という神名を付け代々祭祀してきた山が国王山

石碑から3キロほど離れた場所が登山口です。

国皇大神を祭っていた神社跡。海が見え景色の良いところです。

国王山(272.3M)山頂の三角点。神社から南に離れたところの山です。頂上は見通しがきかず、三角点のみ。

国王山から神社跡地までは稜線を1キロほどの立派な道がついているのですが、半分ほど林道工事で潰されていて、大変残念です。

ほんの少し気を付けて林道をつければ、立派な道が残っていたのに、古座川の役人は本物の宝物が判らない集団のようです。

author:間伐屋木左衛門(かんばつやもくざえもん), category:-, 12:05
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