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高野山町石道

JUGEMテーマ:日記・一般

1987年今から52年前の6月3日に歩いて以来の高野山町石道(ちょういしみち)へ。23日に行ったのですがメインパソコンが突然故障で何やかやで遅くなりました。

町石道の始まり慈尊院。ここの記憶は全くありません。

紀の川流域の街を眺めながらの雨引山を迂回する道と町石(卒塔婆形町石)。柿畑が続きます。

この登りは記憶がありますが、景色は覚えていない。

雨引山を通過するとアップダウンの少ない気持ちの良い道が続きます。

二つ鳥居 丹生都比売神社(にうつひめ)の分岐点。こんなとこあったんだ。まったく覚えていない。

地蔵堂 建物は変わっているがここの記憶があり、休憩したのを覚えている。

ちょうど半分の九十町の町石。ちなみに1町は109.09Mで1町おきにこの石が180個立っているところから町石道と呼ばれています。慈尊院より9.8181キロ歩きました。

道は高野山の麓の矢立というところに降りていくのですが、その途中にあった地蔵さん。かわいい顔をしています。

昨年の台風直撃でいたるところに倒木が、その中でも根ごとではなく、途中でぼっきり折れている。この太さの中途折れを見るのは珍しい。

高野山の入り口 大門 ここの記憶が鮮烈に残っていて今でも思い出す。

終点の壇上伽藍。高野山は歩いて登ると値打ちがあり、バスや電車では感激が薄れます。この町石道は距離は少し長いがこれといった急登はがなく、一番歩きやすい道だったのではと思います。

ところがケーブルカーの高野山駅行バスがなかなか来なくて、やっと来て乗り込んだら車両入替のためケーブルカーは運休中。代行バスが大門駐車場から出ているとのことで、2時間ほど時間をロスしてしまった。

代行バスで橋本駅へ行き電車で九度山駅へ

駅より車を止めた道の駅柿の郷くどやままでの途中にある関ヶ原の戦いの後、真田父子が蟄居した真田庵を見学して車に、25キロほど歩いた旅でした。本日は和歌山市で一泊する。

 

author:間伐屋木左衛門(かんばつやもくざえもん), category:熊野古道, 12:18
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